北海道 ニセコ高原の ペンション カントリー イン ミルキーハウス オーナーのブログ。 ただ泊まるだけじゃおもしろくない、北国の感動を分けてあげる。  HP本編は、 http://www.niseko-milky.com

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北国の風土溢れるウッディーなつくり、北海道No1ペンション カントリー インミルキーハウスのblog。ただ泊まるだけじゃおもしろくない、田舎暮らしと、北海道のBIGなアウトドアーを体験できる、リゾートメニューをいろいろ提案しています。早朝の 「牧場ツアー」では、牧場見学・森のコンサートホールでアルプホルンのミニ・コンサート,野草のフラワーウオッチングなど、ニセコの旬の楽しみを案内いたします。

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イワオヌプリ硫黄鉱山 ニセコにある、近代化産業遺産
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今年、2月23日、ニセコ沼めぐりハイキングコース、途中にある、イワオヌプリ硫黄鉱山が、近代化産業遺産に選ばれました。

ニセコ山系開発の歴史は、硫黄の採掘から始まったのです。イワオヌプリからもニセコアンヌプリからも硫黄が採れたことから、これらの山々を総称して「硫黄山」と呼び、個々の山を言い分ける必要のない時代が続きました。硫黄採掘現場であったニセコ山系。

ニセコ山系で硫黄が採掘されたもっとも古い記録は、1804(文化元)年に遡ります。その後、安政期から硫黄採掘を示唆する記録が増え始め、文化期、文久期と採掘記録が続きます。明治に入ると、1873(明治6)年にはアメリカの地質学者ライマンが現地調査を行い、有望な硫黄鉱であるとの報告を行います。1876(明治9)年には試掘が行われ、1880(明治13)年永年社が事業を受け継ぎ、さらに1886(明治19)年には鉱山は三井物産会社に譲渡され、一新された経営のもとわが国初めての蒸気精錬法が導入され、社名変更を経て1920(大正9)年、北海道硫黄株式会社が経営を引き継ぎます。やがて産出量が減少したことにより、1937(昭和12)年、ついに閉山されました。今日では硫黄採掘の栄華をしのぶことはできませんが、当時は硫黄鉱搬出用索道(リフト)が倶知安市街と元山を結んで、地域経済をしっかり支えていたのです。 (以上羊蹄山自然ガイドテキストより 引用)

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イワオヌプリが硫黄採掘の地として賑わいはじめた1904(明治37)年、ニセコ山系の麓に沿って鉄道が開通します。羊蹄山へのスキー登山が試みられたこの時期、ニセコ山系では、硫黄採掘だけでなく、温泉開発への関心を高める時代とも重なっていったのです。
 やがて、産出量の減少により 1937年 昭和12年閉山になりますが、この鉱山跡の近くでは、黄色い硫黄の結晶みたいな石が、簡単に見つかり、ぷんぷん硫黄の匂いがします。 鉱山跡地では、精錬で使っていた炉の耐火煉瓦を見つけられます。



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